過去の日々所感 No.026〜030
No.026 2004.01.13 <桑野式 名づけへの想い その1>
 1ヶ月後に孫の誕生を控えた祖父となる方から、赤ちゃんの命名を依頼されたときのこと。

 東北の地方都市から郵送での申し込みでした。添えられていたのは達筆で力強い筆跡の手紙。それを手にしただけで、祖父としての想いと共に、少し無骨ながらも一途で生真面目なその人柄が伝わってきました。

 それからしばらくして、あと二週間ほどに出産予定日がせまった頃でしょうか。「ぜひお会いして直接お伝えしたいことがある」と予約が入りました。電話をかけてきたのは、今回の依頼主と同じ街に住む息子のKさん。出産を間近に控えた赤ちゃんのパパとなる男性です。

 さて、約束の日。あいにく冷たい雨となりましたが、遠方からわざわざ足を運んで来てくれました。

 高校教師をしているというKさん。その職業柄、大勢の生徒たちと日々かかわりながら、今どきの子供たちの名前もたくさん眺めてきました。それゆえ自分の子供の名付けにも、彼独自の価値観や特有の思い入れが存在し、それをどうしても私に伝えたかったのだと言います。

 私は、そんなKさんの熱心な言葉に静かに耳を傾けていました。が、しかしいっぽうで、私の意識はその彼の言葉を通り越し、うんと固い塊(かたまり)にガツンとぶつかったような、ある感触を感じていたのです。

 それは彼の心の内の、もっと深くてずっと奥底に沈められているもの・・・。

 次回に続けます。

No.027 2004.02.02 <桑野式 名づけへの想い その2>
 前回に続いて。

 私が感じとっていた、ある固い感触・・・。それは彼の心の内の、うんと深くてずっと奥底に沈められている“ほんとの想い”。

 私の目の前でいま、一所懸命に赤ちゃんの名前について伝えようとしている彼自身も気づいていないでしょう。しかし、その“ほんとの想い”こそが、彼を突き動かし、足を運ばせたに違いないと、私は確信していたのです。

 ‘ここまで足を運ばずにいられないほど、なぜあなたは不安に駆られるのか・・・’

 ‘あなたがいちばんにこだわっているのは文字や数字じゃない・・・’

 深く沈められた彼の“想い”へ向けて私は語りかけました。それは彼自身も忘れかけていた、幼少時代に味わったはずの小さな心の動き。幼い彼を取り巻く家族との愛情と葛藤から由来するものでした。

 その存在が、これから父親になろうとする彼に、捉えどころのない気持ちの引っかかりを抱かせていること。そして、夫として父としてもっともっと、ほんとうに大事なのは実はこれからなんだよ、ということも。

 私からのそんな言葉に驚きつつも、彼はすぐに、まだ幼なかった頃の記憶を思い出していました。自分の内から、厚い雲に覆われていた思考が少しずつ晴れていったようです。

 私の前に座ったとたん、‘不安’‘ふあん’‘フア〜ン’という文字が、その全身から発信されていたKさん。それが帰り際には、肩の力が取れ、にこやかな表情へと変わっていました。

 「思いきって伺ってよかったです。これで安心して子どもの名づけをお願いできます。すごく楽しみです」そう言葉を残して部屋を後にしたのです。

 こんな対話を終え、ほっと一息ついて味わう時のコーヒーほど、私にとって美味しいものはありません。桑野式に信頼を寄せて依頼してくださった祖父、そしてまっすぐに足を運んできてくれた父。今回の名付けは、二人それぞれの新しいいのちへの想いを、丁寧にすくいあげるようにして名前に託していく作業でもあったのでした。

No.028 2004.04.19  <たいやき>
 「うちの父、この頃ますますわがままになってきて困っちゃう」

 軽く愚痴をこぼすように、友人Oちゃんが話しはじめました。郷里で暮らす親の介護をどうするか、というテーマ。目の前にせまった現実として語らなければならない年代に、彼女もちょうどさしかかっていました。

 このところ体調を崩しぎみだったというお父さん。わずかな期間に2度の入院。その2度目の入院の時、なぜだか病院で出される食事がまったくノドを通らなくなってしまったのだそうです。原因は本人にも担当医にも皆目わからず、ただ体がどうしても受けつけないという困った事態。

 しかも糖尿病歴も長いため、日頃から食事にはより以上に気をつけなければならない体。ほんとうなら、カロリーや栄養バランスを配慮した病院食をきちんと食べて欲しいところです。
「それなのに母を困らせて。どーしても、たいやきが食べたいから買って来いっ、なんて言うんですよ」

 娘として、心底から父親を心配するゆえの苛立ちはよーく理解できます。それでも反射的に、部外者の私はつぶやいていました。
「うまいたいやき、食べさせてあげたいなぁ」

 病室のベッドでころんと横になった少し淋しげなうしろ姿。窓の外に向けられた視線の先にはポッカリ浮かんだ白い雲が。その雲はもちろん、ぷっくりしたたいやき型・・・。そんな絵が私の中で勝手にできあがっていました。私のつぶやきには、トンデモナイという表情で即座に顔をヨコにふった、しっかり娘のOちゃんでしたけれど。

 それから数日後の、何度も歩いたことのある駅からの道で。

 白い三角巾とかっぽうぎ姿がすっかり身に馴じんだ様子の、小柄なおばちゃんに視線が止まりました。その手元でズラッとならんで焼かれていたのはたいやき。これまでだって幾度も視線の端には映っていたはずでした。そして一度も立ち止まったことなどなかった小さな店。でもこの日は、どうしても素通りすることができませんでした。私が食べてどうする?との声もちらっと頭のスミをよぎりましたが、迷わず買って帰ることに。

 ちょうど風が冷たかった日。これが思いがけず、おいしいたいやき屋を再発見することとなったのでした。

No.029 2004.06.26  <転身願望>
 数年前、真っ黒なエプロンという思いもかけないプレゼントをいただいた時のこと。「似合う、似合う」と周りからおだてられ、まんざらでもない気分に。そこでデパートへ出かけ、注ぎ口が細くて長く、繊細なカーブラインが特徴のコーヒー用のケトル(喫茶店でよくみかけていた)を購入してきました。

 道具を揃え、白いシャツに黒のエプロンを身につければ準備は万端。それからしばらく、お湯を沸かして注ぎ入れるドリップコーヒーに凝っていました。
「こんど生まれ変わったら、僕はコーヒーを飲みに来てくれる人の悩みに、ただ黙って耳を傾けてあげる喫茶店のマスターになりたいなあ」
この頃、よく私が口にしていたセリフです。

 家の修繕を依頼した時。時間の許すかぎり、大工さんの仕事ぶりを飽きずに眺めていたことがあります。小柄な体で口数少なく、道具を巧みに使いこなしながら黙々と材木と向き合う姿。それだけで、かなり熟達した腕の持ち主らしい、そうこちらに思わせてしまう存在感の持ち主でした。

 日が暮れて家路についたら、まずはひとっ風呂浴びてサッパリ。夜は厚手のコップになみなみつがれた日本酒を片手にしている様がぴったり。朝は目覚めよく、大ぶりの湯飲み茶碗で渋いお茶をズズッとすするや、ササッと家を出る仕事人。そんな1年365日変わることのないシンプルな暮らしぶりを想像してみたりしました。

 この頃口にしていたのがこんなセリフ。
「こんど生まれ変わったら、やっぱり寡黙な職人がいいなあ」

 そして、つい先日。ひょんなことから保育園で園長とお話しする機会があった時。

 園の中では、小さな子どもたちがそれぞれの遊びに興じていました。そこは、いつもの静かな私の日常とは大きく違う、元気溌溂パワーがぐるぐると渦巻いた空間。子どもたちを眺めていると、私のココロがコロコロ転がされ、ゆるゆる和らいでいく気分。目に映るどの子もみな、可愛らしくていとおしく、いつまでもずっと眺めていたい、そんな思いに駆られてしまいました。

 「こんど生まれ変わったら、子どもたちの傍らでニコニコしている園長先生がいいなあ」
こうしてまた、新たなつぶやきが始まることに。

 そういえば、あのコーヒーケトル。おそらくいま、棚の隅のほうでホコリをかぶって眠っている・・はず。黒のエプロンはといえば、何度もガラガラと洗濯するほどに愛着がわき、今ではソース焼そばを作る時の必須アイテムです。

No.030 2004.08.25  <勝利の女神>
 野口みずき選手が金メダルに輝いたアテネオリンピックの女子マラソン。スタートが日本時間の真夜中、ゴールまでは約2時間半。そこで私は、枕元のラジオで実況中継を聞くぞ、とあらかじめ決めていたのですが。

 ラジオでじっくりと聞く、サービス精神たっぷりの多弁な解説もまた楽し。耳から得る情報だけで、充分レース展開に引き込まれていました。

 しかし、スタートしてから25キロ辺り。早くも大きくレースが動き出しました。野口みずき選手がスパートを仕掛け、ひとり飛び出した、と聞いた途端です。もうたまらず、飛び起きてテレビ観戦へと切り替えました。

 ひたすら走り続ける選手たちの姿を映している画面。それぞれの走りにそれぞれの個性が宿り、それは選手自身の人生そのものであるかのように感じさせられてしまうほど。ただじっと見つめているこちら側へ、どんな言葉よりも雄弁に語りかけてきました。

 ブレのない綺麗な姿勢のヌデレバ選手。気高い精神性が内からあふれ、神々しい光をたたえているかのようでした。最後まで変わることのなかった穏やかで柔らかな走りと表情のアレム選手。まるで調和を愛でる天女が平和で牧歌的な風をまとい、駆け抜けるかのようでした。

 そして、勝利を勝ち取るという強い気持ちを小さな体全面に放ち、ド根性の塊のようだった野口選手。恐れず怯まず果敢に攻めた、勇気あるかっこいい走りっぷりにマラソンの神様が微笑んだ瞬間・・・。ほんとうにしびれた夜でした。

No.026〜030・完
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