前回に続いて。
私が感じとっていた、ある固い感触・・・。それは彼の心の内の、うんと深くてずっと奥底に沈められている“ほんとの想い”。
私の目の前でいま、一所懸命に赤ちゃんの名前について伝えようとしている彼自身も気づいていないでしょう。しかし、その“ほんとの想い”こそが、彼を突き動かし、足を運ばせたに違いないと、私は確信していたのです。
‘ここまで足を運ばずにいられないほど、なぜあなたは不安に駆られるのか・・・’
‘あなたがいちばんにこだわっているのは文字や数字じゃない・・・’
深く沈められた彼の“想い”へ向けて私は語りかけました。それは彼自身も忘れかけていた、幼少時代に味わったはずの小さな心の動き。幼い彼を取り巻く家族との愛情と葛藤から由来するものでした。
その存在が、これから父親になろうとする彼に、捉えどころのない気持ちの引っかかりを抱かせていること。そして、夫として父としてもっともっと、ほんとうに大事なのは実はこれからなんだよ、ということも。
私からのそんな言葉に驚きつつも、彼はすぐに、まだ幼なかった頃の記憶を思い出していました。自分の内から、厚い雲に覆われていた思考が少しずつ晴れていったようです。
私の前に座ったとたん、‘不安’‘ふあん’‘フア〜ン’という文字が、その全身から発信されていたKさん。それが帰り際には、肩の力が取れ、にこやかな表情へと変わっていました。
「思いきって伺ってよかったです。これで安心して子どもの名づけをお願いできます。すごく楽しみです」そう言葉を残して部屋を後にしたのです。
こんな対話を終え、ほっと一息ついて味わう時のコーヒーほど、私にとって美味しいものはありません。桑野式に信頼を寄せて依頼してくださった祖父、そしてまっすぐに足を運んできてくれた父。今回の名付けは、二人それぞれの新しいいのちへの想いを、丁寧にすくいあげるようにして名前に託していく作業でもあったのでした。
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