散歩の途中の、あるお庭で。いくつもの大輪のバラが見事に咲き誇っているのが目にとまりました。フェンス越しの素敵な眺めに、しばし足を止めました。
「よろしかったら、中に入ってゆっくり見ていかれてください」
後ろから穏やかで可愛らしい声がかかりました。振り向くとおそらく70代の、とても小柄なご夫人。このお庭の主でした。ちょうど外出から帰宅したところのようです。
「いえいえ、ここから眺めさせていただくだけで充分です」
と、こちらは恐縮。私だけでなく、バラの見事さに思わず足を止めて見入る人が幾人もいたのでしょう。ご夫人は、どなたにも同じように声をかけているのだと言います。
そういえば、たしかミステリー作家アガサが描くミスマープルもやはり、庭に毎年見事なバラの花を咲かせる名人。バラの手入れに余念がないミスマープルは、シュッシュッと吹きつけるレトロな噴霧器を手にしていたイメージが。それだけ、バラを育てるのには手間ひまをかけてあげなければならないのでしょう。
「こんなに見事に咲かせるのは、さぞ手入れがたいへんだったのでしょう?」と尋ねてみました。
この庭では犬も飼っているので、農薬の類いは一切使っていないこと。水をたっぷりあげないと良い色にならないこと。本当は剪定するのだけれど、せっかくついた蕾を摘んでしまうのはどうにもしのびなくて、すべて咲かせていること。この10数本のバラの木はすべて種類が違い、しかもどれも30年ものであること。さらにはバラの名前の一つ一つまでもを、私に教えてくれたのです。
なるほどとお話をうかがいながら目を向ければ、微妙に色が違う赤やピンク、黄があり、目立たぬ低い位置にはブルーの蕾が一つ、端には白もしっかりと咲いてます。そして小さな虫やミツバチも、楽園のごとく自由気ままに飛び回っていました。
さて、ひとしきりバラ鑑賞を楽しませていただいた私は、心優しいご夫人に丁寧にお礼を言い、その場を後にしました。歩きながら忘れないように、たった今聞いたばかりのバラたちの名を反芻してみました。
「ファッション」「クレオパトラ」「ブルームーン」
ここまでは好調。
「シルバー???」「・・・・・」
あ−っ駄目だ、灰色の脳細胞がバラバラになってしまった・・・残念!
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