過去の日々所感 No.016〜020
No.016 2003.05.31  <桑野式 めぐりあう時間たち その1>
 いつもとはちょっと違う5月。青空が少なく気圧の低い曇り空が続きました。食いしん坊の私は、田植えを迎えているお米はもちろん、これから夏に向かって楽しみなトマトや茄子、トウモロコシらの育ち具合が心配になります。

 毎年必ず春になると、地方都市からわざわざ私のところへ相談に訪れていた、繊細で心やさしい青年がいます。でも今年はまだ連絡がありません。この少しばかり重たげな空を仰いで、彼が笑顔で過ごしているだろうかと、ふと気にかかりました。

 桑野式姓名判断を継承し、占いという仕事を長く続けていて、ときどき偶然の一致が大集結したかのような、不思議な連鎖や流れのようなものを感じることがあります。ツツジが咲き誇っていた、ここ2週間ばかりもそうでした。

 カナダのバンクーバー、沖縄、そして北海道。ずいぶん遠くから、私のところへ足を運んでくれる人が続きました。相談が済んだあとは、ひとしきり各地の美味しいもの自慢を聞き出し、ついつい私の旅の思い出までも引っ張りだしてしまうことに。バンクーバーでの子持ち昆布の美味しさを再確認、沖縄のもずくの天ぷらはおすすめだと教えられ、北海道の今は何といってもライラックの美しさと空気の爽やかさが素晴しい。東京に居ながらにして、そんな各地の生情報を楽しみました。

 飛行機で飛んできてくれたことから、キーワードは「遠くの空から」

 そんな言葉が頭に浮かんでいたところに、続いて都内から母娘ふたり連れ立っての来訪。都内ですから近くの空です。しかし、お母様は21年前、妊娠中に私のところへ一度相談に来ていた方でした。その当時、おなかの中にいた赤ちゃんが、私の目の前でニコニコと微笑んでいる素敵な女性。私にとっては実に21年ぶりの再会、そして名づけ親としての初対面でもあったのです。

 まさに「遠くの空と遠くの時間から」 ・・・次回に続きます。

No.017 2003.06.14  <桑野式 めぐりあう時間たち その2>
 前回に続いて。

 21年ぶりに再会した女性。当時は専業主婦でしたが、その後、思いもしないかたちで彼女の人生が劇的に動き出します。華々しい受賞歴を数々持つ、高名なフラワーデザイナーへと転身。世界的に高い評価を得て内外から認めらる見事なキャリアを携えていました。 

 きっかけは「21年前にくわの先生からいただいた言葉でした」と嬉しそうに言う彼女。しかし、私は決して特別な言葉を発したわけではありません。「あなたはこんなに素晴しいよ」と、彼女の中に輝く一面をちょっとつついてあげただけ。本人がまだ気づかずにいただけのことでした。

 それが、彼女の心深くに眠っていたマグマにかすかな刺激を与えたのかもしれません。それ以来、まるで謎解きのように、何だろう何だろうと私の言葉の意味を模索し、反芻をする毎日。掃除機をかけながら、お皿を洗いながら、2年くらい自分に向かって問答を続けたと言います。そうしてたどり着いたのが「花」。情熱を注ぐべき対象を見つけだしました。

 花に魅せられてから現在に至るまでを私に語る彼女。その全身からは、躊躇のない、花へのほとばしるような懸命さが伝わってきます。そして、現在の彼女を導いたのは他の誰でもない、彼女自身であること、一途な姿勢そのものなのだと実感させられるのです。

 対照的に、傍らのお嬢さんはとても静かに座っていました。せっかくの機会だから、自分の名づけ親という人に一度会ってみたいと伴ってこられたそうです。お母さまの言葉を借りれば「今どきめずらしいと言われるほど、ご近所でも評判の、すごく素直でまっすぐな子」。

 このあと、就職のための面接を予定しているといいます。ちょうど社会へと羽ばたく年齢を迎えたところ。どの道へ歩き出そうか、その選択をしなければならない岐路にさしかかっていました。

 この時代であればこその厳しさを肌で味わう時が、やがて否応なしに訪れます。これからどんな風に道をきり拓き、闘っていくのか、それは誰にも決められません。彼女が、今日をどう過ごし、そして明日をどう迎えるか、その積み重ねが、さらに先へと進む道につながっていくでしょう。

 「今度、自分のこれからについて相談してもいいですか?」と聞く彼女。「次は一人でいらっしゃい」と答えながら、私は心の中でエールを送りました。

 ・・・さらに次回続きます。

No.018 2003.06.28  <桑野式 めぐりあう時間たち その3>
 さらに前回に続いて。

 21年ぶりという母娘の来訪とすれちがうようにして、その直前に相談を終えて私のオフィスを後にした若い女性がいました。こちらは4年ぶりの再会です。

 やはりごく普通の主婦として暮らしていた彼女。2年ほど前に、花を扱った趣味をはじめたいと手芸店に足を運びます。そこで偶然に教えてもらったのが、新しい技法を活かして花をアレンジするというもの。とても気にいってコツコツと取り組みます。それが少しずつ評判を得て、自分でもびっくりしているうちに、収入を得るまでになっていたのです。

 そして、これから。夫とタッグを組み、さらにビジネスとして展開していきたいという希望を抱いて、再び訪れてくれたのでした。もっと自分を磨き、果敢にチャレンジをしていこうと、今まさにスタート地点に立ったところです。

 たくさんの人々が、自分の道を自分のペースで歩いてゆく姿があります。歩き方も道のりもさまざま。一点を凝視したままひたすらまっすぐ前進する人。ゴツゴツした道とクネクネした道のどっちへ行こうか思案する人。道ばたの草花を愛でながらゆっくりと歩みを進める人。急坂を重い荷を背負ってのぼる人。腰を下ろして休んでいる人・・・。

 それを桑野式という名の交差点に立ち、出迎えたり、後ろ姿を見送ったりしている私がいます。一人ひとりはまったく見知らぬ同士。でも、時間や空間がリンクするように、いつかどこかでつながっている不思議さを体感させられることがあります。

 私の出番は、長い道のりのほんの一瞬、あるいは点にすぎないかもしれません。それでも時々、交差点に立つ私へ、どこからか思いもかけないご褒美が舞い降りてくることが。・・・そう、私はしあわせ者です。

No.019 2003.07.14  <別世界の人 その1>
  「寅さんも断崖絶壁をのぼってるのかなあ?」

 行きつけのお店でのこと。S美ちゃんが生ビールをクイッと飲みながら、たまたま隣に居合わせた私へ、唐突な質問をぶつけてきました。

 「養老孟司さんがね、人生は“重き荷を背負いて遠き道を行くが如し”なんてもんじゃない、“崖登りだ”って云ってるんだよね〜」と、ため息まじりで続けます。

 S美ちゃんは30代(おそらく)半ば。コンピュータ関連の会社に勤めています。どうやら職場での人間関係で少しばかり辛い思いをしている様子。寅さんとは、映画「男はつらいよ」シリーズで渥美清さんが演じた主人公のこと。

 養老さんの言葉は、ホロ苦い現実に直面している彼女にとって、とても素直に胸に響いたようです。自分だけじゃない、みんなそうなんだ、という安堵も抱けたのでしょう。

 その一方で、何にも縛られず自由気ままな旅ぐらしをする寅さんの存在が、なぜかポッと浮かんできました。映画の世界のこととはいえ、崖を必死の形相でのぼる自分とは対極の存在のように、笑っておどけてグーグー寝ている寅さん。彼女の中に、それでもやっぱり崖のぼりをしているのか、という素朴な?(ハテナ)が湧いてきて、冒頭の問いかけとなったわけです。

 さて、寅さんの映画は大好きな私。テレビで放映されていれば、ストーリーがわかっていてもついつい見てしまいます。とら屋に戻ってくるタイミング、恋に落ちる瞬間、おいちゃんたちとの喧嘩を誘う余計な一言。どれもお決まりのパターンなのに、涙を流して大笑いさせられてしまうのでした。

 少し日本酒がまわってきていた頃合い。“寅さん”と聞いて、私の眉がピクッと動いたのを、S美ちゃんは気づかなかったようです。

 続きは次回へ。

No.020 2003.07.28  <別世界の人 その2>
  前回に続いて。

 寅さんのことなら任せてとばかり、酔いも手伝った私は、S美ちゃんの問いかけに応えて話しはじめました。

 「寅さんはね、実は人間じゃないんだ。人間の姿をした“神様”なんだよ。だから、ヒィヒィ言いながら崖を一所懸命のぼってる僕やS美ちゃんとは、まったく別世界の存在」

 「今日は西、明日は東って、いつもどこかの旅の空にいるでしょう。旅先で出会う人たちはみんな、人間ならではの苦しみや悲しみを抱えているよね。でも、寅さんとふれ合えた人たちはその瞬間、このうえない幸せな気持ちを寅さんから与えてもらっているんだよ」

 「人間っていうのは、どうしてもごう慢だから、いつまでも神様を自分のところにだけとどめて置きたいって願っちゃう。けれど気がつくと、寅さんはまたフッと別のところへ旅立ってしまっているでしょ」

 「それはね、人間にしあわせを与えれば与えるほど、寅さんはどんどん疲れて元気をなくしていくからなんだ。だからどうしても、次の場所へと向かわずにいられなくなる。新しい土地へ移動して新しい空気に触れて、けがれをはらい落とす。そうしてリフレッシュする。すると寅さんはまた復活して、いつもの元気を取り戻せるんだよ」

 とどまらぬ私の寅さん酔異論を、黙って聞いてくれていたS美ちゃん。どうやら納得してくれた模様。ニィ−ッとした笑顔になって、こう言いました。

「なるほどっ!だから綺麗な女の人に惚れちゃった時の寅さんて、お花畑の中にいるみたいな、なんとも嬉しそうな・・・そう!仏様みたいないいお顔してるんだね〜」

 ホ・ト・ケ・サ・マ?   ・・・まっ、いいか。

No.016〜No.020・完
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